うれしいでもすごいでもなく、これが「浅田真央」

 トリプルアクセルを含む6種8回の3回転ジャンプを記録し、スピン・ステップすべての要素を高いレベルでこなした演技。

 基礎点66.34点はその大会で誰よりも高いものであり、その後のシーズンの世界選手権を含めても誰も挑戦できていない一段高みにある構成、いつか来るだろう未来のスタンダードとなる演技でした。

 男子では羽生結弦らが4回転ジャンプを複数種類完璧に決めて競う「真・4回転時代」にたどり着いたように、いつか女子も「真・3回転時代」にたどり着く。

 そこで選手たちが目指すだろう構成は、真央さんが出会いの頃から目指してきたものでした。

 だからこそ、あのフリーを見たときに「これが浅田真央だ」という心境にならずにはいられなかったのです。

 うれしいでも、すごいでもなく、これが浅田真央だ、と。

 単にショートプログラムでの大失敗から立ち直った強さだけではなく、出会いからのおよそ10年、いつかこうなるはずだと知っていた未来を、ショートプログラムの大失敗によって諦めてしまったはずの未来を、その演技に確かに感じ取ったから。

 真央さんの引退会見で、言葉を変えながら何度も問われた質問がありました。「もしもあのとき」と過去の分岐点を問うような質問です。

 真央さんは「本当に戻ることはないので」と質問には答えませんでしたが、多くの人の胸には「もしもあのとき」がきっと永遠に残るのでしょう。

 ほんの少し何かが違っていれば、もっと大きな未来にも届いたはずなのにという諦め切れない思いと共に。