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【ハワイ】雰囲気抜群のアラワイ運河、実は“城壁”!?

2015年9月9日

知っているようで知らないハワイの秘密と魅力(2)

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日本人に大人気のハワイ。しかし、知られているようであまり知られていないハワイを紹介しつつ、ハワイの魅力を探ります。第2回はワイキキの端を流れるアラワイ運河の歴史をたどってみました。

・第1回 【ハワイ】見晴らし最高! のダイヤモンドヘッド、実は昔は…
・第2回【ハワイ】雰囲気抜群のアラワイ運河、実は“城壁”!?(この記事です)

 太平洋の中心にあるホノルル空港には、日本からの航空機が毎日数機到着します。台湾や韓国からの便も合わせると、降り立つ日本人は1日数千人。連休や年末年始になると、5000人を超えることもあります。

 「他の観光地と違い、ハワイに降り立つ日本人は分類できない」

 旅行会社スタッフやフライトアテンダントはそう言います。

 ハワイにはリピーターが多いのですが、旅の動機や好みで日本人を分類しようとしても、できないことがほとんどです。唯一、類型化するとしたら、「ハワイが好き」ということくらいでしょうか……。

 大企業の社長から、学校を出て就職したばかりの若者まで、何が彼らをハワイに引き寄せるのか? 現地在住の名物案内人、通称「へなしゅん」こと田中しゅんすけが、各所の現在と過去を織り交ぜながら、知られているようであまり知られていないストーリーを紹介しつつ、ハワイの魅力を検証します。

 2回目は、「アラワイ運河」の巻。

リゾートエリアと生活エリアのボーダーライン

 初めてのハワイ旅行で印象的だったのは、ホノルル国際空港を出てからワイキキまでが想像以上に遠かったことです。朝の渋滞による影響はもちろんなのですが、何よりもテレビや雑誌で見かけた風景がいつまでたっても現れないことに驚きました。

 「これがハワイ?」と、来る場所を間違えてしまったようで困惑していたら、アラワイ運河を越えたとたんにワイキキが目の前に現れました。これこそ、メディアで見たワイキキです。つまり、アラワイ運河を越えたところでようやく観光地になるのです。

 このとき、「ワイキキというのは特殊なエリアなのか!なるほど……」と思ったことを覚えています。

 ワイキキの中では多少の日本語が通じますが、アラワイ運河の外にあるのは異国の田舎町。もうそこは英語圏です。

アラワイ運河。1928年に完成した人工水路です。
東南へ歩いていくと、運河の終点である突き当たりがあります。
運河を挟んでワイキキの対岸には市営のゴルフ場が。打ちっぱなしもありますよ。

アラワイ運河は観光地化のための“城壁”だった!

 「何でこんなことになっているのか?」と疑問に思って調べてみたところ、驚きました。

 アラワイ運河はワイキキを現在の姿、つまり観光地にするために造られた城壁のようなものだったのです。そして、ワイキキが現在の姿になってから、まだ100年もたっていませんでした。

 アラワイ運河が完成したのは1928年。その時期に起きたいくつかの出来事を並べてみると……。

1893年 ハワイ王国崩壊
1894年 ハワイ共和国設立
1900年 ハワイ、アメリカに併合される/ハワイ領土政府が設立
1901年 モアナホテル(ハワイ最古のホテルで、現在のモアナ サーフライダー ウェスティン リゾート&スパ)開業
1917年 ハレクラニ(ハワイの名門ホテルとして知られる)開業
1921年 アラワイ運河工事スタート
1924年 日本からの移民禁止
1926年 アロハタワー完成
1927年 ロイヤルハワイアンホテル(ピンク色の外装で有名なホテル)開業
1928年 アラワイ運河完成

 ハワイ王国最後の女王、リリウオカラニが亡くなったのは1917年です。彼女は、ワイキキが生まれ変わった姿を見ずに、この世を去りました。白人たちにハワイ王国が乗っ取られ、消滅したところしか見ていないわけで、彼女の気持ちを考えると何だか胸が痛くなります。

 ワイキキは王族の保養地でした。オアフ島最南端にある湿地帯で、現在アラワイ運河がある辺りには、タロイモ畑が広がっていました。畑と書きましたが、タロイモは水をたたえた田んぼのような土地で育てられます。つまり水田ですね。ワイキキという地名も、

 ワイ=水

 キキ=噴き出す、湧く

 というところから由来していて、この一帯が、水を含んだ土地だったことがわかります。

 湿地帯なので、蚊が多かったようです。蚊が多いのに王族は保養地にしていたわけですが、王国を滅ぼしてハワイの支配を開始した白人勢力は

 「蚊がいなくなれば、もっとすばらしいリゾート地になるのではないか?」

 と考えました。

 白人勢力は、タロイモ畑や養殖池であったワイキキの湿地帯を「蚊が大量に発生する非衛生な地区」と見なして、土地の改良を義務づけます。それができない土地の所有者は追い立てられるようにして土地を手放していきました。

 そして1921年、「ワイキキ環境整備プロジェクト」がスタートします。コオラウ山脈から流れてくる3つの川を海岸線の手前でカットし、その先にビーチリゾートを造成するというプロジェクトです。つまり、ビーチリゾートと一般生活地域を分断する=カットするために造られたのがアラワイ運河で、その際に掘られた土砂は、湿地帯を埋めるのに使われたそうです。当時としては非常に大きな計画だったと思われます。

 アラワイ運河は1928年に完成します。その当時のモノクロ写真を見ると、ワイキキの大きな建造物はモアナホテルとロイヤルハワイアンしか写っていません。

 ハレクラニはまだ小さな小屋のような建物だったので、緑の中に埋もれているような印象なのです。その当時から50年もたたないうちにワイキキはホテルだらけになるわけです。素直にすごいなあと思いますが、よく考えたら、東京が焼け野原から今の姿になった期間の方がもっと短い。日本のすばらしさをもっと知らなくちゃいけませんね。

 と、そんな話よりもアラワイ運河です。

 アラワイ運河のおかげで、ワイキキは蚊がいないリゾート地になりました。

 でも、10年ほど前のアラワイ運河は、見た目も汚くて悪臭を放っており、ハリケーンが来るたびに増水し氾濫したりしていました。そのため、運河沿いのコンドミニアムは大変な目に遭っていました。「アラワイ運河に落ちると、傷口からバイ菌が入って死んでしまう」という本当かうそかわからないデマまで流れていたほどです。

 けれども現在は下水管が整備され、透明度が戻ってきています。週末になると、アラワイ運河から出発するカヤックが見られるほど。運河沿いを歩くといい感じの雰囲気が味わえます。

サンセットタイムになると夕焼けが運河の色を変えてとってもキレイ。
朝と夕暮れに風がやむときがあります。水面がフラットになり、鏡のように景色を写します。

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