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幸福論 by アラン

【第二回】新訳で読むアランの『幸福論』 

2014年9月11日

「悲しいときに自分を責めたり呪ったりしないことだ」

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 「もう深刻ぶるのはやめてのんきにやろう」と語るフランスの哲学者・アラン。『幸福論』とは、アランが書いた短いエッセーの中から、幸福に関するものを選んでまとめた哲学書です。本連載では、約90年も前に書かれた名著『幸福論』の中から10本を厳選し、新訳でお届けしていきます。アランの考えに触れることで、複雑に見えた困難や悩みが形をかえたり、目の前の景色が違って見えたりするかもしれません。さぁ、のびをして、あくびをして、頭の中をひっくり返そう!

翻訳/村井章子 ブックデザイン/佐藤亜沙美 イラスト/平山昌尚

情念

 病気よりも情念の方が耐え難い。その理由はおそらく、情念はどれも自分の性格や考えから生まれるように見えるにもかかわらず、どうやっても抵抗できない必然の様相を呈しているからだろう。身体の怪我なら、苦しまなければならないことはよくわかる。それに、痛み以外は何も問題はない。また目の前にある物の形や音や匂いが恐怖や欲望を引き起こして我慢できなくなったら、文句を言って放り出せばよろしい。そうすれば、心の平穏を取り戻すことができる。

 だが情念というやつ、これはどうにもならない。愛するにせよ憎むにせよ、目の前に対象が存在する必要がなく、心はまるで詩人の魂のように気ままに羽ばたいて、情念の対象を思い浮かべたり勝手に変えたりする。いつだってそのことを考えずにはいられない。そのうち自分の支離滅裂がまともだと思えてきて、冷静な知性に鋭く指摘されたりする。人間は、感情にはこれほど悩まされないものだ。たとえばひどく怖いときは必死で逃げるので、自分のことで思い悩む暇はない。

 一方、恐怖心を抱いたという恥ずかしさは、誰かからそこを突かれたりすると、怒りに変わったり言い訳になったりする。とりわけたった一人で、たいていは夜無理に眠ろうとしているときに思い浮かべる我が身の恥ずかしさといったら、もう耐えられない。そんなときは、言うなれば暇にまかせて、あてどなく恥ずかしさを味わい尽くすことになる。自分の放った矢はことごとく自分に降りかかり、自分が自分の敵になる。情念に囚われた人は、自分は病気ではないと思い込み、ともかくも生きて行くのに何の支障もないと言い訳する。そして最後はこんな考察にたどり着く。「情念とは自分のことだ。だがこいつは私の手には負えない」

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