「本は好きですか?」と聞かれたら「はい」と答えます。
「では、どんな本が好きですか?」と聞かれると困ります……。
「もともとは小説が好きで、でもノンフィクションも読みますし、新書もよく読みますがどんな本も好きで……」とゴニョゴニョと言葉を探しているうちに、再び質問が。
「……どんなジャンルの小説が好きですか」
小説と一口にいっても、ミステリー、警察、恋愛、ハードボイルド、ユーモアなど「OO小説」の「OO」に入る言葉の数だけ、いわゆるジャンル分けがなされています。ジャンルにかかわらず、わたしが好んで読むのは、謎に満ちた作品。一旦物語に迷い込むと、現実が遠い世界のように感じる小説。映像ではあらわせない、小説ならではの面白さたっぷりの作品を紹介します。
ケイト・モートン著 青木純子訳
『秘密』上下巻(東京創元社)
主人公のローレルは少女だったころ、突然見知らぬ男が家の庭にあらわれました。そして母が男をナイフで刺し殺すという事件が起こります。ローレルの証言もあって母の正当防衛は成立したのですが、実はローレルは聞いてしまっていたのです。男が「やあ、ドロシー」「久しぶりだね」と母を呼びかけたのを。
「母と男は知り合い?どうして殺したの?」ローレルが疑問を抱き続けて数十年。母はまもなく死を迎えようとしています。
物語は、成人したローレルが過去の事件の真相を追うのと並行して、ドロシーの人生が語られます。
家族、特に親の人生について、子どもはそれほど詳しくないのが普通ではないでしょうか。本作は、母がまだ母でなかったころ、ローレルが生まれる前の恋、夢、仕事、友人関係、両親への反発、憧れと嫉妬…手に届きそうな平凡な幸せと、思いがけない幸運を天秤にかけてしまうドロシーの心。渦巻く感情に美しいものもあれば、打算めいたものもあります。この無自覚な残酷さには覚えがあります……。
登場人物の過去に入りこんでいくと、ふいに自分の心が照らし出される瞬間があります。たとえるなら過去の自分に対面する感じ。気恥ずかしく、懐かしく、過去の自分を見つめます。不思議な感情に浸っているうちに、物語は思いがけない展開を見せます。「あぁ、そういうことだったのか!」 いつからか止めていた息が一気に漏れたかのように「秘密」が明かされます。