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夜WOL小説・すあしの恋―第39話

2014年2月27日

〈リョースケから、走ることを奪わないで!〉

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私は、東京に住むアラサーOLの佐藤早紀。恋はすっかりご無沙汰だった私に、モテ期が訪れた!? 私の恋物語を描く『Web小説・すあしの恋』は、いよいよ終盤を迎えました。毎日18時に更新です!

(前話はこちら

 「王子さまは……リョースケだったのね!」

 言葉をかけて初めて、涼介は、早紀が追いついたことに気づいた。

 「どうして変装までして私のあとをつけたの?」

 早紀が尋ねると、わずかに乱れた呼吸の合間に、涼介が言葉をつむいだ。

 「つけてたんじゃない! 子どもみたいに、むちゃばっかりするサキが心配だったから……こっそり見守ってたんだ」

 そう言えば、最初に王子さまを見た日の数日前、女性ランナーがチカンに合い、ニュースとなった。

 社員食堂で、そのあとも同じコースを一人で走っていると涼介や奈津に話した直後、早紀は“王子さま”と出会った。

 おそらく、皇居ランのデビューのときも、涼介は、心配で見にきたのだろう。

 涼介は、前を向いたまま、言った。

 「サキから東京マラソンの話を聞いて……オレもエントリーしてみようって思ったのが……走り始めたきっかけだったんだ」

 いつだったか、奈津が言っていた「リョースケからタバコの匂いがしなくなった」という時期は、ちょうど東京マラソンのエントリーの締め切りのころだった。

 「でも、影から見守ってるだけじゃ……ダメだったんだ」

 涼介は、目を伏せた。

 「俺、大学で駅伝の選手だったころ、膝を壊したんだ……それからは、走るのが怖くなっただけじゃなくて……自分が大切に思うことすべてが、いつかはなくなってしてしまうんじゃないかって……怯えるようになった……臆病になりすぎて、自分の本当の願いを叶えることできなくなっちまったんだ」

 涼介は、顔を上げた。さすがに、涼介も話しながら走るのは、かなりきつそうだった。

 「でも、影から見守ってるだけじゃ、大事な人を守り切れない……いっしょにいないと、守ることができない……だから、もう一度、本気で走ってみようって……そう思ったんだ」

 「いくら治ったからって……こんなペースで走ってたら、また、リョースケの膝……」

 そう言うと、早紀は、ゆっくりとスピードを落とし始めた。

 「止まるな! 走り続けろ!」

 涼介が、声を荒げた。

 「私のためなら……もうじゅうぶんよ!」

 早紀も、息苦しさに耐えながら、大声で言い返した。

 「誤解するな……俺は、いま、俺自身のために走ってるんだ……おまえを見守るって決めたのも、俺自身なんだから」

 上り坂が終わり、道が平坦になった。

 前方の空では、どんよりとした雲が裂け、真っ青な空が見えた。

 涼介は、上りと同じペースを保ち、なんとか息を整えながら、落ち着いた口調で、早紀に語りかけた。

 「もし、おまえといっしょに走ってもいいなら、俺がサキを全力でサポートする……いつも俺がそばにいて……ランニングでも、仕事でも、おまえをもっと速く、もっと遠くまで行かせてやる……それが、俺の望みなんだ」

 涼介は、優しく早紀に微笑みかけた。

 「俺ならできる……いや、俺にしかできないと思ってるんだ……サキのおかげで、やっと、自分を信じられるようになったんだ!」

 そのとき、息を乱した優也が、二人を追い抜いた。

 「サキ、行け!」

 涼介が、叫んだ。

 「俺はもう……スパートはかけられそうにないけど……おまえならできる!」

 「でも、ユーヤはこの勝負に勝ったら、ナツにプロポーズするつもりだって……」

 「他人のことばかり先に……考えちまうのが……おまえの悪い癖だよ」

 涼介は、少しずつ離れて行く優也の背中を見つめて言った。

 「それに……もし勝てたらなんて……条件付きでしか……プロポーズできないやつに……あのナツを幸せに……できると思うか?」

 早紀は、首を振った。

 「負けてもプロポーズするような男じゃなきゃ……ナツの親友の俺たちが……認めるわけにはいかないだろ?」

 涼介は、はにかんだ笑みを浮かべて言った。

 「サキ……俺のぶんまで走れ! ……あんな青臭いガキ、ぶち抜いてやれ!」

 涼介は腕を延ばし、早紀の背中をそっと前に押した。

 丸まり始めていた背筋が伸び、重かった足が軽くなった。

 まるで、涼介の手が“走る力”を与えてくれたみたいに……。

 早紀は、いきなり下り始めた狭い歩道を飛ぶように駆けた。

 そして、千鳥ヶ淵の交差点のカーブをほとんど直角に曲がると、十数メートル先を行く優也を追った。

 幸運なことに、ゴールまで続く500mほどの直線に、ほかのランナーはいなかった。

 雲の合間から太陽がのぞき、なだらかに上る歩道の脇に植えられた並木が、路上にまだらな影を落としていた。

 優也は、苦手な上りで体力を使い果たしたからか、フォームを崩し、足の筋力に頼って走っていた。

 英国大使館の前で、早紀は、ラストスパートをかけた。

 すあしのシューズが、早紀の体を、前へ、前へと送り出してくれた。

 3カ月半前に石坂とぶつかりそうになった場所で、早紀は優也を追い抜いた。

 あっと小さく叫んだ優也が、必死に食らいついてくる気配を感じた。

 けれど、飛ぶように走る早紀は、負ける気がしなかった。

 半蔵門の交差点近くの左手の公園が終わる場所で、コースはわずかに左に曲がっていた。

 そのカーブを駆け抜けた早紀は、最後の十数メートルで、さらにスピードを上げた。

 ゴールの「和歌山県花」のプレートを通り過ぎた瞬間、早紀は思わず、両手を青く晴れた空へと突き出した。

 照りつける太陽が、凍えた頬に心地よかった。

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Profile
佐宮圭(さみや・けい)
作家。1964年兵庫生まれ。早稲田大学第一文学部人文学科卒業。アパレルメーカーの営業、花屋の社員を経て、1993年3月、フリーランスの編集兼ライターとなる。子ども向けの科学雑誌や『文藝春秋』『週刊朝日』などで活躍。2010年、『さわり - 女として愛に破れ、子らを捨て、男として運命を組み伏せた天才琵琶師「鶴田錦史」その数奇な人生』で第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。
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