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夜WOL小説・すあしの恋―第24話

2014年2月6日

すっかり酔いつぶれた村沢

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私は、東京に住むアラサーOLの佐藤早紀。恋はすっかりご無沙汰だった私にも、もしかしてモテ期が到来したかも!? 私の恋物語を描く『Web小説・すあしの恋』は、毎日18時に更新です!


(前話はこちら

 早紀は喜びのあまり倒れそうになった。

 しかし、実際に卒倒したのは村沢だった。

 村沢はイスからすべり落ち、床にあぐらをかいた状態で座り込んでしまった。

 マスターが「やれやれ」という顔でカンターから出て来た。

 「だから、大丈夫ですかって聞いたのに。この人、日本酒の味が好きなんだろうけど、酒はめっぽう弱いんだよ。いつも1合で酔っぱらって、せいぜい2合が限界だから、3合なんて飲んだら、こうなることはわかってたはずなんだが」

 なにが起こったのか、まだ理解できていない早紀に、マスターが言った。

 「あんたの前でかっこつけたんだろうけど、結局、これじゃ、逆効果だよな」

 それでもまだぼうぜんと見守る早紀に向かって、マスターは村沢を抱き起こしながら、

 「この人、家まで送ってやんな」

 やっと状況が飲みこめた早紀は、マスターを手助けしながら尋ねた。

 「ご家族に迎えにきてもらった方がいいんじゃないですか?」

 「この人に家族なんていない。一人暮らしだよ」

 「え?」

 「家の住所を教えるから、タクシーでマンションまで連れてってあげな。あんたにも責任あるんだから」

 マスターはメモに住所をなぐり書きすると、早紀の手に握らせた。

 「お代は、あとでこの人からもらうよ。さっき、ふたりで話してるとき、どんな重い荷物だって持てるのがうちの業界の女子社員の強みだって、そう言ってたろ?」

 早紀は小さくうなずいた。

 「タクシーまではいっしょに担いでやるから、とにかく部屋まで連れてって、早く寝かせてやんな」

 村沢は、肩を貸してもらってやっと歩けるほどにまで泥酔していた。

 マンションのエレベーターを降り、マスターから告げられたルームナンバーまで来ると、早紀は何度もドアフォンを鳴らした。

 反応はなかった。

 村沢のバッグから出したキーでドアを開け、もつれこむようにして入った。

 玄関に倒れこんだ村沢のイタリア製の細身の靴を脱がせるのは、ひと苦労だった。

 抱えるようにして、もうろうとしている村沢を運んだ。

 村沢はスーツのままベッドに倒れこむと、とたんに寝息を立て始めた。

 家具や家電が見当たらないワンルームに、生活感はまったくなかった。

 キッチンのコンロはすっかりさびていた。

 高級なスーツはハンガーラックにぎゅうぎゅう詰めにされ、フックには何十というネクタイが無造作にかけられていた。

 会社にいるときの村沢からは、とうてい想像できないほど、殺伐としていた。

 なにか飲ませようと冷蔵庫を開けたが、何種類かのジャムとひからびた総菜しかなかった。

 しかたなく、水道の水をコップについで、ベッドに腰掛けた。

 村沢の首の下に手を回し、頭をわずかに起こし、コップを口に近づけた。

 村沢は目をつぶったまま、う~んと唸って首をふり、飲もうとしなかった。

 早紀はしばらく迷ったあと、マンションの前までしか来なかったことにして、このまま帰ろうと思った。

 村沢も、こんな部屋のありさまを見せたくなかったはずだ。

 ただ、今夜の記念になるものが、なにかほしかった。

 早紀は、穏やかな寝息に耳を傾けながら、村沢のメガネのフレームに両手をかけた。

 別れのキスをして、彼への思いを断ち切ろうと思った。

 メガネを枕元に置き、ゆっくりと顔を近づけた。

 〈村沢さん、こんなにまつ毛、長かったんだ〉

 くちびるが触れ合う寸前、早紀は目を閉じようとした。

 けれど一瞬早く、村沢のまぶたが上がった。

 近づくことも離れることもできず、互いの息のかかる距離で、すぐそこにある村沢の瞳をのぞきこんだ。

 「誰?」と不安げな村沢の声が尋ねた。

 「私です」と早紀はささやくように答えた。

 焦点が合わないからか、酔っているせいか、ほわんとした村沢の目に、だんだんと意識の光が戻ってくる。

 「佐藤……早紀ちゃん……?」

 「ええ。早紀です」

 それっきり、早紀も村沢も、次の言葉を見つけられないまま、見つめ合った。

(つづく)

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Profile
佐宮圭(さみや・けい)
作家。1964年兵庫生まれ。早稲田大学第一文学部人文学科卒業。アパレルメーカーの営業、花屋の社員を経て、1993年3月、フリーランスの編集兼ライターとなる。子ども向けの科学雑誌や『文藝春秋』『週刊朝日』などで活躍。2010年、『さわり - 女として愛に破れ、子らを捨て、男として運命を組み伏せた天才琵琶師「鶴田錦史」その数奇な人生』で第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。
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