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夜WOL小説・すあしの恋―第10話

2014年1月17日

現実の王子さま?

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私は、東京に住むアラサーOLの佐藤早紀。恋はすっかりご無沙汰だった私にも、もしかしてモテ期が到来したかも!? 私の恋物語を描く『Web小説・すあしの恋』は、毎日18時に更新です!

(前話はこちら

 石坂は、宣言通り、これまでの生き様を率直に語った。

 セレブな少年時代を過ごし、青年期は少しヤンチャ気味ではあったが、冒険心と正義感にあふれる石坂の輝かしい半生は、外国の童話に出てくる「王子さま」の物語のようだった。

 石坂は話術にたけていたので、早紀は、時折、胸を詰まらせ、そして、何度も笑わされた。

 石坂は、早紀に問われるまま、これまで付き合ってきた女性の話も包み隠さず語った。もちろん、その女性が話してもらいたくないと思いそうな出来事については、上手にオブラートに包み、巧妙な語り口で具体性を排除した。

 根っからのフェミニストであることが、恋愛経験が豊富とは言えない早紀にもわかった。

 ただ、石坂の話を聞けば聞くほど、どうして早紀を誘ったのか、わからなくなった。

 早紀は中学、高校、大学とバスケットボールに明け暮れたせいもあって、告白された何人かとデートした経験はあったが、どの交際もあまり長くは続かなかった。会社に入ってバスケを引退するまで、単純に、恋愛よりもスポーツの方が楽しかった。

 結婚を考えるほどまともに付き合ったのは、29のときにふられた男だけだった。

 それからの7年間にも、言い寄られたことは何度かあった。ただ、失恋の痛手から極端に臆病になり、なにより、仕事がどんどんおもしろくなっていたので、深い付き合いまでには至らなかった。

 なので、モテない方だとは思っていなかったが、石坂が付き合って来た女性たちに比べれば、一升2000円の地元で親しまれる純米酒と、世界で何度も受賞歴を重ねる著名な大吟醸ほどのちがいがあった。

 値段や賞だけで日本酒の本当の価値が計れないことくらい、早紀は知っていた。

 ただ、早紀は日本酒ではなく、女だった。ふつうに考えれば、早紀に勝ち目はなかった。

 「……そして、生まれて初めて人生に悩んで、気晴らしに皇居のまわりを走ってみたあの夜、早紀さんと出会って……あ、そうか!」

 石坂は、唐突になにか思いついたようだった。

 早紀はわずかに首をかしげ、石坂をみつめた。

 「早紀さん、さっき、大分の出身だって言ったよね」

 「ええ」

 「もしかしたら、あの有名な……『別府大分毎日マラソン大会』だ。あのレースを小さいころから沿道で応援してたんじゃない?」

 「はい。父が好きだったので、よく連れていかれました」

 「だから、あんなにきれいだったのか」

 「きれい?」

 「フォームだよ」

 「フォーム?」

 「そう、初めて出会ったとき、きみの走り方、すごく魅力的だった。きっと、幼いころから一流のランナーたちを見てきたから、自然と、あんなにきれいに走れるようになったんだって、そう気づいたんだ」

 「陸上部に所属したこともないですから、ただの自己流ですよ」

 「いや、見るひとが見ればわかる。実際、僕はきみにぶつかりそうになったじゃないか」

 「あれは、私が突然、立ち止まってしまったから」

 「僕もスポーツマンだったんだよ? あれくらいの距離があれば、ふつうなら、よけることができたよ」

 「じゃあ、あのときはふつうじゃなかったんですか?」

 「ぶつかりそうになったのは、君にみとれていたからなんだ」

 石坂は、あの鋭い視線とはちがった目を早紀に向けていた。

 「自然で、無垢で……あんなにきれいなフォームには出会ったことがない。だから、あのとき僕は、きみの後ろ姿にみとれていたんだ」

 こちらの心をいざない、瞳の奥に抱き寄せるような眼差しだった。

 「あのとき、僕は、できることなら、このままずっと、このひととどこまでもいっしょに走り続けいたいって、そう願い続けていたんだ」

 早紀はめまいにも似た感覚に襲われた。

 「どうしたの?」

 「なんだか酔ってるみたいな感じに……」と早紀は正直に言った。

 「少し休んだ方がいいんじゃないか」

 遠近感が曖昧になってしまった視界のなか、早紀は、石坂が優しく微笑むのを見た。

 「何日か前から、仕事に集中するために、このホテルに部屋をとってるんだ。そこで、ちょっと休んでいけばいい」

 また、なにか大切なことを忘れているような気がした。

 でも、もう、どうでもよかった。

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Profile
佐宮圭(さみや・けい)
作家。1964年兵庫生まれ。早稲田大学第一文学部人文学科卒業。アパレルメーカーの営業、花屋の社員を経て、1993年3月、フリーランスの編集兼ライターとなる。子ども向けの科学雑誌や『文藝春秋』『週刊朝日』などで活躍。2010年、『さわり - 女として愛に破れ、子らを捨て、男として運命を組み伏せた天才琵琶師「鶴田錦史」その数奇な人生』で第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。
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