2012年に英大手通信会社・ブリティッシュテレコムの日本法人、BTジャパンのトップに就任。今年、日本経済団体連合会(経団連)の初の女性審議員会副議長に就任した吉田晴乃さん。数々の逆境を乗り越えながら、多くの人を動かすリーダーシップを発揮してきた吉田さんに、これまでの人生で学んできたこと、これからの女性はビジネス社会でどう生きるべきかを、「日経WOMAN Networkingフォーラム プレミアム2015」でお話いただきました。

吉田晴乃
吉田晴乃(よしだ・はるの)
BTジャパン社長
1964年東京生まれ。慶應義塾大学卒。3年間の闘病生活の後、モトローラ日本法人に就職。カナダの通信会社やニューヨークのNTTアメリカ、NTTコミュニケーションズなどを経て、2012年より現職。15年6月、日本経済団体連合会(経団連)の初の女性審議員会副議長に就任。

 国内外の通信会社などで活躍し、2012年に英大手通信会社・ブリティッシュテレコムの日本法人、BTジャパン初の女性社長に就任した吉田晴乃さん。15年には、日本経済団体連合会(経団連)の初の女性審議員会副議長に就任。女性活用推進法が今夏制定される中、今、最もその活躍に注目が集まる女性ビジネスパーソンです。

 シングルマザーとしてグローバルビジネス界で活躍してきた吉田さんがテーマとして話してくれたのは、母として、働く女性としてグローバルビジネス社会での葛藤と経験、これからの女性が活躍できる社会への思いでした。

 吉田さんの社会人としてのスタートは、実は決して順風満帆ではありませんでした。大企業に就職が決まっていながらも、大病を患って大学の卒業が1年遅れ、内定も白紙に。ところが、病気で静養を余儀なくされている間にむさぼるように見た外国映画のビデオで英語を学習。その英語力を武器に米通信機器メーカーであるモトローラ(現在は、モトローラ・ソリューションズなどに会社分割)の日本法人に就職します。1990年初期、同社では、社員一人ひとりが自分専用のパソコンを持ち、インターネットもない時代に電⼦メールで世界と通信していたのは「とても刺激的な職場でした」と吉田さんは振り返ります。

自分は「日本料理の中の“バジル”である」

 ある時、アメリカから本社の女性エグゼクティブが来日。吉田さんは彼女とディナーの席を共にすることになりました。吉田さんは当時、モトローラが製造していた大きな携帯電話に不満を持っており、「モトローラの携帯電話は私のバッグに入らない。これからはもっとコンパクトなサイズで、色もバラエティーに富み、皆が使えるような携帯電話を出さないとダメだ」と意見を述べたと言います。

 同席した男性職員が失笑する中、アメリカから来た女性エグゼクティブは「あなたは面白いことを言う」と評価をしてくれたそうです。「この時から、その場にいるメンバーの中でどんなにシロウトでも、女性でも若くても、自分の中に沸いた発想は大切にしなければいけないと思いました」と吉田さん。そして、この思いは、女性だからといって恐れず発言していこう、それが市場の新しい発想のきっかけとなるという、経団連における自らの姿勢にもつながると言います。

 経団連の役員就任の際には、経団連会長・榊原定征氏より「新しい風を吹き込み、経団連のポテンシャルを引き出してくださいと、おっしゃっていただいた」と言う吉田さん。その時、頭に浮かんだのが、「自分は『正統派の日本料理の中の“バジル”である』と考えることにした」ということでした。

 「老舗和食店の料理長が、時代が変わったので創作料理に挑戦してみようと考えたとします。その時、ある料理にシソではなく、輸入香辛料であるバジルを使用したとしましょう。その場合、バジルの一番の役目は、なぜバジルかと思うことではなく、料理長と料理を信じ、“新鮮で、最高のバジル”であること。自分になぞらえて考えれば、自分が200%自分であることだと思ったんです」(吉田さん)。