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フィギュア選手鈴木明子さんをどん底から救った絆(2/2)

2016年7月5日

「どん底の経験があったからこそここまで続けてこられた」

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弱さを見せることで強くなれた

 1年後、競技に復帰してからも、まだまだ“完治”という状態ではなかった。「また戻ってしまうんじゃないかという不安はありました。滑れなくなるとは思っていなかったけれど、精神的には不安定で、人が近くに来るのが怖かったり、人ごみが怖くて電車に乗れなくなったり。食事も、前の日は食べられたのに、次の昼間は食べられなくなったり。3年間はお肉を食べられなかったので、そこまでは決して“克服”という状態ではなかったと思います」

 にもかかわらず、“戻ってしまわなかった”のはなぜか。「不安を、母だけでなく、周りの人に話せるようになっていたからです。食事を食べられないと言えば『夜になってお腹がすいたら食べたくなるかもよ』と励まし、人が怖いと言えば、『電車に乗る時間をずらしたらいいよ』と言ってくれた。そうやって周りの人が大丈夫と言ってくれたことに救われました。自分に自信が持てない私は、人に『大丈夫』と言ってほしかったんだと思います」

 人に弱さを見せることで、むしろ強くなれたと話す。2013年12月、全日本フィギュア選手権の直前までは絶不調で、コーチから「出るのをやめるか」と言われるほどだった。そのとき、つらい気持ちを正直に母親に打ち明けた。すると、「本当に自分のために滑るのがつらくて頑張れないなら、私のために滑って」と言われたという。「私のために滑ってと母から言われたのは初めてでした。けれど、それまでジャンプも飛べないし、体も動かなくて苦しいという気持ちばかりだったのに、ふっと『頑張れる』と思ったんです。オリンピックに行きたいのは私なんだから、自分が頑張らなきゃという思いが、かえって自分を追い込んでしまっていた。人のためにと思うことが、こんなに勇気とパワーになるんだと思いました」

 そして全日本フィギュアスケート選手権では、会心の演技で初優勝。「氷の上で、心強かったです。母の言葉で、氷の上では一人だけど、いろいろな人が支えてくれると思えるようになったら、心強かった。私を支えてきてくれた人たちに、前を向かせてもらっている気持ちでした」。初優勝を飾ったそのリンクから、母親に感謝の気持ちを込めて花束を贈った。

信頼できるコーチと共に

 鈴木さんのスケート人生を語る上で、もう一人、大きな支えとなったのが、長久保裕コーチの存在。「摂食障害から復帰したとき、私自身、できるのだろうかと不安だったけれど、『とにかく頑張ろう!』とかそういう気張ったふうでなく、『できる、できる』と、本当に当たり前のことのように言ってくれて、私も心が軽くなりました」。長久保コーチの指導を求めて東北に移り住んだタイミングでの摂食障害。鈴木さんは「全く関係ない」と断言するが、コーチ自身は責任を感じてしまっていたかもしれない。「けれど、普通に接してくれて、私もやる気になれた。あの時、私はこの先生についていこうと思ったんです」

 バンクーバー五輪で入賞を果たした後は、「自分でも続けると思っていなかった」と笑う鈴木さん。「けれど、コーチや周りの人が、もっとやれるよ、と引っ張ってくれた。その後、3回転の連続ジャンプなど、新しい技も習得できましたが、それもコーチが引っ張ってくれたから。私は決して出来のいい生徒ではなかったけれど、ここまで来られたのは、信頼できるコーチのおかげです」

 そして、ソチ五輪で入賞を果たした2014年、競技生活から引退した。決意したのはその2年前。「それまでは、自分が競技生活を終えた後をイメージできず、終わらせてしまうのが怖かった。けれど、2年前に、自分の次のステージが見えてきて、引退を考えられました」

 競技生活を終えた今も、「スケートを好き」という気持ちは変わらない。「ただ、競技者としてではなく、プロとして、スケートを好きな人を増やすことに貢献したい。様々な形で表現活動をしていきたいです」と話す。

 29歳で終えた競技人生を「私ほど幸せなスケーターはいないと思う」と振り返る。「波ばかりだったけれど、18歳のどん底の経験があったからこそ、私はここまで続けてこられた。今は、あの経験を『遠回りじゃなかった』と胸を張って言えます」

 次のオリンピックは? という質問に、「普通の観客として見たい。オリンピックは4年に一度の特別な大会。自分の競技が終わるまではプレッシャーや緊張で、楽しむどころではなくって(笑)。次は、観客としてオリンピックを楽しみたいです」と笑顔を見せた。

文/岸本洋美=日経WOMAN編集 写真/菅原ヒロシ (この記事は2014年5月13日に掲載された記事です)

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