「顕微授精」に関する正しい情報公開を

 「精子の状態が悪いから顕微授精しかありません」という現状の説明は誤りであり、「精子が質的に良好であるから顕微授精が可能となります」という説明が正しいのです。精子を高度に選別した後、品質評価により得られた精子が質的に良好(精子機能が正常)、すなわち穿刺注入できるレベルであることを確認することが実施の前提となります。

 「顕微授精」はARTにおける授精法の約7割以上を占めておりますが、私の専門の立場からすると、これらの前提が普及していない現状では、「顕微授精」の実施はより慎重であるべきであると考えております。

 すべての医療行為において、リスクはゼロではありません。不妊治療を受ける方々にも幅広い正確な知識を持っていただき、現在の「顕微授精さえすれば子どもが授かる」という風潮を変え、皆さんがよりご自分達に合った不妊治療に出合えることを願ってやみません。

ライター/阿部祐子 イメージ写真/PIXTA

(※「日経DUAL」2016年7月13日付の記事を転載)

プロフィール
黒田優佳子
黒田優佳子さん
ヒト精子の研究を専門とする数少ない産婦人科医師。専門は不妊症。生殖医療(不妊治療)・生殖生理学を専門とし、ヒト精子の受精における情報伝達機構の解明や、顕微授精に供する精子選別法・評価法の確立を研究している。1987年慶應義塾大学医学部を卒業し、95年に同大学医学部の産婦人科学教室大学院を卒業。医学博士を取得する。同年、東京大学医科学研究所の研究員になる。97年、慶應義塾大学医学部、産婦人科学教室の医長に就任。2000年に黒田クリニック・リプロダクション リサーチセンターを開設、2003年に黒田インターナショナル メディカル リプロダクションに改称、院長に。2004年からは、東邦大学医学部、第一産科婦人科学教室での客員講師を兼任。2006年には、お茶の水女子大学大学院遺伝カウンセリングコースでも非常勤講師を務めている。著書に、『不妊治療最前線―男性不妊の闇に挑む』『誤解だらけの不妊治療―治療成功のカギを握るのは「愛」』がある。最新刊は『不妊治療の真実―世界が認める最新臨床精子学―』