日本には世界最多のART施設がある。「妊娠率の競争」の陰に潜むリスクは?

 ARTの歴史は意外に浅いものです。1978年にイギリスで初めての体外受精児が生まれ、日本では83年に体外受精児、95年に顕微授精児が初めて生まれました。現在、日本には約1000ものART施設があり、この数は世界で最多です。現状では、妊娠率を競うことが「ビジネスモデル」となっており、多くの問題を抱えているのも事実です。

 「顕微授精」は果たして安全なのでしょうか? 穿刺注入する精子は、誰がどのようにして選んでいるのでしょうか?

 ARTにおける授精法の約7割以上を占めているのが「顕微授精」です。国内では、報告されているだけで年間4万人。つまり二十数人に一人が顕微授精で生まれている計算になります。

 顕微授精とは、顕微鏡でのぞいて元気に泳いで動いているように見える精子を一匹、細いガラス針に吸引して卵子に穿刺注入して授精させる方法です。現状では「精子は一匹いれば大丈夫」というキャッチフレーズが先行し、「精子の状態が悪いから、取りあえず顕微授精しておきましょう」というクリニックの説明の下で安易に普及してきた一面があります。

 また一般的なクリニックにおいて医師ではなく、学会認定資格である「胚培養士」が自身の判断で運動精子を選んで顕微授精を実施している状態です。また精子の選定に明確な基準はありません。

 顕微鏡でのぞいて元気に泳いで動いているように見える精子を卵子に穿刺注入している現状の顕微授精は安全なのでしょうか?

 では一体、ヒトの不妊治療、特に男性不妊治療に用いられている顕微授精の技術は、どこからもたらされたのでしょう? 実は、ウシの生殖技術からなのです。

 ウシの場合は、10万頭の候補から個体選抜された一頭の雄ウシが種ウシとなって、一元的にメスに精子を提供しています。10万頭から選ばれた一頭の種ウシですから、泳いでいる精子(運動精子)であれば他の精子機能もすべて正常であるという精子性善説が成立しています。すなわち、ウシ精子においては「運動精子=良好な質の高い精子」なのです。

 しかしそれは、ヒト不妊男性の精子にそのまま当てはめることはできません。ヒト精子の機能を詳しく調べると、運動精子であっても様々な機能異常が見つかり、遺伝情報を担うDNAに損傷がある場合も多いのです。ですから、ARTの対象となるヒト精子では性善説が成立しません。すなわち、ヒト精子においては「運動精子≠良好な精子」ということで、運動精子でも質の悪い不良な精子もあるということです。

 本来、顕微授精は精子の数が少ないのをカバーする技術であり、DNA損傷をはじめとする精子機能の質的低下をカバーすることはできません。私の専門の立場から、単に運動精子を捕捉して卵子に穿刺注入している現状の顕微授精は、精子の質(精子機能)に関する論議が不足していると申し上げているのです。