この連載では、毎週火曜日に健康・医療専門サイト「日経Gooday」編集部の取材から、元気になる最新のカラダの話をお届けします。まれに見る大きな災害となった熊本地震は、4月27日現在、まだ余震が続いて予断を許さない状況ですが、インフラの復旧が進んできたこともあり、今後 は復興への槌音が急速に高まっていくことでしょう。ですが、こうした動きとは裏腹に、癒しがたい傷を心に負った被災者は少なくありません。なかでも心配なのは、 PTSD(心的外傷後ストレス障害)。東日本大震災以来、メディアでよく耳にするようになったこのPTSDとは、いったいどのようなものなのでしょうか。予防策は? 防衛医科大学校精神科学講座准教授で、PTSDの専門家である重村淳さんにうかがいました。

(C)PIXTA
(C)PIXTA

体験が強烈な人ほどなりやすい傾向

――そもそも、PTSDというのはどういう病気なのでしょうか。

重村さん 災害、事故、暴力などの強烈な精神的ストレスを受けたことが原因となり、時間がたってからも強い恐怖心を感じてしまい日常に支障を来す心の病気のことです。日本語では「心的外傷後ストレス障害」と訳されていますが、一般的には、英語の「Post Traumatic Stress Disorder」の頭文字をとってPTSDと呼ばれています。

 もともと人間にはストレスから回復する力が備わっているため、大きな精神的ストレスを受けた場合でも、通常は時間とともに回復するのが一般的です。ところが、ごく一部の人には、あまりに強いストレスを受けた場合、年単位、10年単位で症状が続くこともあります。これがPTSDです。

 もちろん、大きな災害が起きたからといって、全員がPTSDになるわけではなく、大半の方は回復します。また、性格や体質にはそれほど大きな関係はなく、体験が強烈な人ほどPTSDになりやすい傾向があります。その意味では、誰もがPTSDになり得ると考えたほうがいいでしょう。

 PTSD発症のリスクが高いのは次のような人です。

■PTSDの発症リスクが高い人
・大きな危険にさらされた人
・人が亡くなったところを見た人
・大きな経済的損失を受けた人
・社会的弱者(貧困者、外国人、精神的/肉体的に障害がある人など)
・救援者、支援者(警察、消防、自治体関係者など)

 このうち、社会的弱者は、災害によって立場がさらに弱くなることからPTSDのリスクが高まります。また、救援者、支援者のリスクが高いのは、それが職務であるために現場から逃げられず、つらいことも我慢しなくてはならないという要素が大きく関係してきます。

 なかでも行政職員は、自分たちも被害者であることが多いにもかかわらず、過重労働になりがちで、苦情やバッシングの対象になりやすいためにリスクが高くなります。


――どのような経過を辿って発症するのでしょうか。

重村さん 今回のような自然災害の場合、ストレスを受けてすぐに発症するわけではありません。災害の直後は呆然自失の状態です。そこを抜けると、「自分たちがなんとかしなくては」「復興のために頑張ろう」という気持ちが湧いて気分が高揚してきます。東日本大震災で「絆」が叫ばれた時期がこれに当たります。専門用語でいう「ハネムーン期」です。

 でも、本当は無理をしているのです。そのため、いくら頑張ってもどうにもならない現実を前に、やがて自分たちの無力さを自覚して落ち込むようになります。これが「幻滅期」です。

 それでも多くの人たちは、しばらくすれば気分を切り換えることができて、「それでもなんとかやっていこう」という気持ちになります。「再建期」に至るわけです。

 ところが、一部の人たちは「再建」に向かうことなく、「幻滅」のままとどまってしまいます。こうしてPTSDになるのです。

 診断基準としては、1カ月以上たっても回復せず、日常生活に支障が生じ続ける状態にある人をPTSDとしていますが、人によっては何カ月、何年もしてからPTSDの症状が現れる「遅発性」のものもあります。

 また、今回のような大きな災害では、PTSDだけが起こるのではなく、ほかの心の病(うつなど)、酒量の増加、人間関係の悪化(夫婦関係のきしみなど)など様々な変化を抱える人が現れるのが一般的です。

 東日本大震災の3年後に福島県で行った調査では、心の不調を訴えた人は、男性で11%、女性で16%に上りました。これは、平時における4.7%(男女合わせて)という数字よりも、かなり多くなっています。