大切なのは、記憶を「変換する」こと

 それが3つ目のポイント、「記憶を変換する」こと。私は、カウンセリングでは、このプロセスをしっかり行うことにしています。

 特に女性は「思いのたけをすべて話せばすっきりするはず」と思っている方が多いのですが、そうすると赤コンピューター状態になり記憶を太らせることになってしまう。いったん赤コンピューターになった後は、青コンピューターにしっかり落として、気持ちを整理し、記憶を変換するのです(多くの女性クライアントは、この作業が苦手とおっしゃいますが、とても大切な作業だと伝えています)。

 もちろんその苦しい記憶の程度とその方の心の状態にもよるのですが、例えば、こんなやり方があります。

 つらい過去の記憶についてお話を聞いた後、私は、

 「例えば、あなたに娘(あるいは妹)がいるとして、同じような出来事が娘(妹)に起こったとします。気持ちがすごくよく分かるし、悔しい。でも、それ以上、被害を大きくしないようにするために、何か考えてあげられることはないでしょうか」

 と投げかけてみます。

 自分自身のこととして考えると、どうしても「あのとき自分に隙があったから」「自分がきちんとNOと伝えなかったから」と自分を責めるような思考が出やすいので、あえて「あなたの娘(妹)」と仮定します。「元凶となっている相手と二人きりにならないようにする」「早いうちに関係者じゃない誰かに相談する」「相手と同じ時間を過ごさないよう、理由を作ってタイミングをずらして帰る」など、いろいろな案が浮かんでくるでしょう。

 二度とそんな苦しい思いをしないために具体的な対策を立てておけば、「自分は対処法を持っている」と思うこともできます。

 このプロセスは、いわば「記憶の片付け」のようなもの。

 例えば、ごちゃごちゃしているタンスの引き出しがあったとしましょう。中身を全部取り出すのはいいとして、出したまま放置したり、ただぎゅうぎゅう詰めに戻したのでは、あまり変化は起こりません。いったん取り出したら、今度は丁寧に畳んで、しまう作業が大切なのです。

 あなたが何度も思い出してしまうのは、「その出来事に対処できなかった」という無力感を伴う記憶が何度も繰り返されているからです。その記憶があまりに苦しかったので、本能は「忘れてはいけない」と何度もその記憶をリプレイしてきます。だからこそ、思い出すたびに「いいえ、自分は対処できる」という意識にまで落とし込んでいくことが大事。そうして、記憶をそれ以上太らせないようにするのです。

 このように、青コンピューターに落として対処法を考えることによって「あんな出来事があっても私は生きてこられた」というふうに思考が変わってくることもあります。「自分を責めていたけど、悪かったのはあの人なんだ」とシンプルに思えるだけでも大きな前進です。

 セクハラやパワハラ、いじめや親から受けた心の傷も、「カミングアウトしさえすればバラ色になる」という話ではなく、あなたの実生活に何らかの影響を与える可能性があります。

 記憶に蓋をして押さえ込むという対処法も、あなたにとってはよりよい選択であることもある。世の中がその潮流だからといって全員が行動する必要はありません。「みんなが勇気を出しているのに、言えない」のには理由がある。今のあなた自身にとって心地よい選択をしてほしいと思います。

 苦しんでいる人たちが自分をさらに責めることにならないために、私たちそれぞれが、「誰もが誰かを大きく傷つけ、損なう可能性がある」という想像力を持ちたいものです。

文/柳本操 写真/PIXTA