「終の棲家」なんてもはや幻想

――分かりました。賃貸派のアキレス腱と思える「老後、引退後も家が借りられるか」についても、キャッシュフローさえあれば心配はいらない、というわけですね。だとすれば、もう「最後まで仮住まい」で全然いいじゃないですか。気楽だし、人生の節目節目で最適な居住環境を選べばいい。「終の棲家」がないのは少し寂しい気もしますが。

石川:「終の棲家」と言っても、最近は自宅で最期を迎えられる人は少ないですよ。医学の発達で、体の自由が利かなくなっても“生かされる”社会です。家族に面倒を見てもらう、自宅に定期的にヘルパーさんに来てもらう、と言っても限界があります。

 自分だけでは食事にも手をかけられなくなり、買い物もできなくなり、不安が増していくかもしれません。そうなると最後は多くの人が高齢者住宅や施設に行かざるを得ません。その意味では、賃貸派であろうと持ち家派であろうと結局、最後は人間皆、同じとも言えます。

【結論】賃貸派の末路は?
むしろ「持ち家派」より、人生の自由度が増す

買うべきか、買わざるべきか?
買うべきか、買わざるべきか?

【解説】
 2000年代以降、業績が伸び悩む中で「リスク回避主義」が蔓延した結果、開発現場が保守化し、日本企業から「世界に先駆けて新しいものを生み出す力」が削がれました。例えば、日本の個人金融資産総額の半分はいまだに現預金だと指摘されていますし、若者は内向き志向で海外留学者数は減っているとも言われます。

 しかし、そんな臆病な日本人が昔から、リスクを度外視して果敢に行動する分野があります。一つは宝くじ、もう一つがローンによる持ち家購入です。

 専門家へのインタビューにもあるように、今の日本で、住宅をローンで購入するリスクは枚挙に暇がありません。

ローンで持ち家を買うリスク⇒「ローン破産」「災害」「やばい人が引っ越してくる」「人生の自由度低下」……

 このうち、石川さんは「ローン破産」と「災害」の怖さを強調していますが、私個人はこれからの時代、格差・孤独社会などを背景に、確実に増加傾向にある「危険な隣人」の固定化こそ、持ち家の最大のリスクだと考えます。

 2015年11月、千葉県館山市である殺人事件が起きました。加害者は76歳の男性で、被害者は隣人の73歳の男性でしたが、公判では、地域住民など1000人以上から加害者の減刑を求める嘆願書が提出されました。

 地元メディアによると、加害者は被害者との隣人トラブルに20年以上、悩まされてきました。被害者は「生活排水が流れ込んでくる」とクレームをつけて金銭を要求し、毎日のようにカマを手に脅迫。加害者が施錠し、カーテンを閉めていると、「田舎のくせに鍵をかけやがって」と怒鳴り散らし、いたずら電話も後を絶ちませんでした。

 被害者の迷惑行為は近隣一帯に及んでおり、公判で加害者は「これ以上、周りのみんなに迷惑をかけさせないようにしたい」と、殺害行為に及んだ動機を打ち明けています(判決は懲役9年)。

 深刻なご近所トラブルが連日のように起こる今の日本で、「自分の隣にだけは危ない人が絶対に引っ越してこない」などと、どうして言い切れますか?