落ちこんでいるときに元気がもらえたり、新しい視点が得られたり……ときには、人生が変わるほどの大きな力を持つ「本」。広告代理店のクリエイティブプロデューサーとして数多くの「人の心を動かす言葉」を生み出してきたひきたよしあきさんによる『あなたを変える「魔法の本棚」』連載では、読むたびに自分の個性や知性が磨かれ、人生が前向きに変わっていくことを実感できる“特別な1冊”を厳選して紹介していきます。

スピーチライターの仕事とは?

『本日は、お日柄もよく』(原田マハ 徳間書店)
『本日は、お日柄もよく』(原田マハ 徳間書店)

 私の会社の肩書きの一つに「スピーチライター」があります。

 さまざまな人から依頼を受けて、スピーチの原稿を書く仕事ですが、これがなかなか難しい。同じ内容を語るにも喋る人によって選ぶ単語や間の取り方が違います。なぜそういう考えに至ったのかを知るために、スピーカーの生い立ちや心に残るエピソードを聞いて、言葉に肉づけをしなくてはなりません。さらには、絶対に人が書いたと悟られないように私を消し、スピーカーが100%自分の言葉で語っているように聴こえるように物語を組み立て、ときには感情を高ぶらせることまで考えねばなりません。

 スピーチ原稿を書くときは、ブツブツとその人の口まねをし、目つきや手振りまでマネをします。傍からみたら、何かが憑依しているように見えるかもしれません。

 この「本日は、お日柄もよく」は、そんなスピーチライターを目指す、二宮こと葉が主人公。彼女を「言葉のプロフェッショナル」へと導くのが天才スピーチライター久遠久美です。

 難しい話ではありません。まずは結婚式のスピーチから物語は始まります。新郎の上司のスピーチを「司会者の紹介の後に、また役職と名前を繰り返す必要はない」「お祝いの言葉を繰り返しすぎる」「同じフレーズを繰り替えすのは魅力的な言葉に限る」「えー、あーとはじめにつけるのは自信のない証拠」「優秀とか貢献とかいう単語を使っても抽象的すぎる」とバッタバッタと切り捨てる。数ページ読んだだけで、まるで自分の結婚式の祝辞にバツをつけられたような感覚にとらわれます。