一方その頃、上司は何をしていたか
でも、上司は、「夢をかなえるために会社の仕事がある」と言っていた。
ということは、私が俳優に会うために会社の仕事をするのは、悪いことじゃない。
インタビューが実現すれば、サイトのページビューもすごく上がるはずだから、堂々とオファーすればいい。
でも、どうやったら企画が通るのか……。
時計の針はずいぶん遅い時間を指していた。
私は、その日も焦っていた。
トイレに行こうと思って席を立つと、部署のプリンターから企画書を印刷した紙があふれているのが見えた。
それには、派手なピンクの文字でこう書いてあった。
『恋する! スマートウォッチくん ~腕時計「ウォチ男」と恋愛を楽しもう!』
なんだこりゃ。
どうやら、腕時計が主人公の恋愛シミュレーションゲームらしい。
先生「今日は朝礼の前に転校生を紹介する。新しく引っ越してきたウォチ男くんだ」
ウォチ男「はじめまして。オレはウォチ男。好きな部品はリューズです」
なんだこのゲーム……。
よく見ると、プリントアウトされていたのは企画書ではなく、プレゼン用のスライドだった。どうやら、社内の勉強会で、このふざけたゲームについて発表する人がいるらしい。
最後のスライドにこう書いてあった。
「文責・ヨシナガ」
やっぱり上司か……。
どうやら、この恋愛ゲームは、スマートウォッチメーカーとのコラボ企画として、先週うちのサイトで公開され、100万近いページビューを叩きだしたらしい。
ツイッターでも1万回以上ツイートされていた。見たことのない数値だ。
こんなに盛り上がっていたとは知らなかった。自分の仕事に没頭しすぎていたからかもしれない。
「そのスライド、まだ完成していないんですよ」
ふいに上司が現れた。オフィスなのになぜか素足だ。シャツのすそもはみ出ている。
「何が追加されるんですか?」
「今週いくつか、他社のメディアからインタビューを受けるんだ」
「チーフがインタビューされるんですか?」
「なんでこんなゲームを作ったのか、聞きたいらしい」
表情はあまり変わらないけれども、ちょっとうれしそうだ。
「というか、これ、よくクライアントはOKしましたね」
「うん。僕も少し驚いてるよ」
「ここまでバズって、しかもインタビューも出るから、先方はうれしいでしょうね」
「いちおう狙い通りなんだけど、うまくいきすぎて、逆に時計会社の広報の人は少し焦っているみたい」
上司は自分の企画が当たってインタビューされる。けど私は、インタビューしたい人に振り向いてもらえない状態。
なんかちょっとくやしい。
「それにしてもこれ、なんで時計が転校してくるんですか? どうやったらこういうの、思いつくんですか?」