これは仕事になる! たまたま目にした義肢作りに挑戦

 それから、私たちは文通を始めました。手紙のやり取りを重ねるうちに彼に引かれていくのを感じた私は、翌年、自分の気持ちを確かめたくて、もう一度ケニアに行ったのです。ガテラと再会し、この気持ちは本物だと分かり、ガテラも私のことを大事に思い始めていたと知り、これからはお互いそういうつもりで生きていこうということになったんですよ。

 私はすぐにでもアフリカに移りたいと思いましたが、そこで生きていくすべを持っているわけではない。ガテラもケニアが自分の祖国というわけでもない。だったらその前に、日本も見てほしいと思い、彼を呼び寄せました。

 彼は幼い頃の病気の治療ミスのために、片足が不自由で装具を着けています。日本に滞在中、その装具が壊れてしまったので、私たちはとある義肢製作所を訪れました。そこで、足型を取り、装具を作る様子を見せてもらううちに、私たちは何となくひらめいたんです。彼は「これは、ルワンダで必要な技術だ」とまで考えたのだと思いますが、私は単純に、「これを覚えれば、ガテラの装具を作れるし、仕事につながる」と思っていました。

 「これは役に立つ」。そうガテラが勧めたので、私はその製作所に雇ってほしいと頼みました。技術を学ぶには、学校に通うより現場で働きながらのほうがいいと思ったからです。私はケチなので、一度学費を払ってしまったら、途中で挫折しても嫌々「続けなくてはいけない」というプレッシャーのもと、やる羽目になる。それは精神的に苦痛です。だったら、少ない給料でもいいからお金をもらいながら学び、嫌になったら辞められるほうがいいなと思ったんですよ(笑)。

「仕事にしながら、義足や義手を作る修行をスタートさせました」
「仕事にしながら、義足や義手を作る修行をスタートさせました」

 製作所の社長は、そんな私をすんなり受け入れてくれました。私が「ルワンダで作りたいので、高度な技術より、部品一つ作る事から教えてください」と目的を言ったので、職人気質の社長は面白そうだなと感じたのかもしれません。こうして私は、全く経験のない義肢作りを始めたんです。