高知市の中心部にあるジビエ料理専門店「Nook's Kitchen(ヌックスキッチン)」。シンプルな調理法でシカやイノシシのおいしさを引き出す料理が人気を集め、週に3日の営業日は予約でほぼ満席。県外や海外からも客が訪れる。オーナーシェフを務めるのが、長年海外で料理人として過ごし、ジビエの魅力を知り尽くした西村直子さんだ。全国の森林でシカによる食害が深刻化する中、県内のさまざまな場所でジビエ料理の普及に貢献してきた西村さんに「シカ=害獣」という発想はない。「大切にしているのは、『シカはおいしい』という価値を消費者と共有すること」と語るその取り組みから、地方が抱える課題解決のヒントを探った。

西村直子(にしむら なおこ)
調理師免許を取得後ニュージーランドへ渡り、レストラン勤務や料理教室の講師をしながら12年間生活。20歳から世界60カ国を旅し、各地でローカルな食文化を体験する。2008年に帰国し、故郷高知県へ。香美市の「べふ峡温泉」ではシカ肉ソーセージを使った「シカドック」を開発、大豊町の「ゆとりすとパークおおとよ」では「四国ジビエグルメフェスタ」を立ち上げるなど、シカを資源へと転換させる新たな取り組みが消費者から支持され、売り上げや集客で高い成果を上げる。14年7月、高知市内にジビエ料理専門店「ヌックスキッチン」をオープン。県外から訪れる人に薦めたい飲食店を県民の投票で決める「高知家の食卓 県民総選挙2016」で高知県総合1位を獲得した。16年5月、シカの消費拡大を推進し、中山間地域活性化につながる取り組みが評価され、経済産業省 中小企業庁「はばたく中小企業・小規模事業者300社 商店街30選」に選定された。17年3月高知工科大学大学院院起業家コース(修士課程)修了、研究テーマは「ジビエ料理普及のためのマーケティング戦略—地域活性化についての実証的な考察—」

ニュージーランドでは高級食材、日本では害獣扱い

――ヌックスキッチンは、「今夜はジビエを食べて帰ろうよ」が合言葉となるきっかけに、とうたっていますね。

西村:はい。私はカツオやお肉などと並んで、ジビエが日常的に足を運ぶお店の一つの選択肢になればと思っているんです。

 ジビエの中には、処理や調理の仕方によって残念ながらおいしくないものもあります。でもおいしいシカやイノシシ肉を知っていれば、すべてのシカやイノシシがまずいのではなく、そのとき食べた肉がおいしくなかったのだと判断できる。そのためには味の基準となる店が必要です。

 私はニュージーランドで長く暮らしていましたが、ニュージーランドやオーストラリアでは牛や鶏と同じようにシカが一つの料理ジャンルになっており、現地のレストランでは日常的に食べられています。私は仕事として日々、シカを調理していました。またベルギーではジビエ料理専門のオーベルジュに勤務、スペインでは狩猟の現場へ同行したほか、野生鳥獣専門の解体処理加工施設を数カ所視察しました。そうした経験を踏まえた上で、日本のシカやイノシシは世界的に見てもすごくおいしいと思っています。

ヌックスキッチンの人気メニュー。それぞれの肉の味がわかるようにオリーブやマスタードだけで提供することが多い

――ジビエというと、日本では、独特のクセがあるというイメージから敬遠する人もいますが…。そうなんですね。日本のシカは世界レベルでもおいしいと。

西村:品種の違いもありますが、ニュージーランドのシカは色が濃くねっとりしたような肉質です。それはそれでおいしいと思って食べていましたが、日本に帰国してから食べたシカは、身がしまってあっさりしていて、さらにおいしいと感じました。

 私のお店ではフランスのジビエ料理のような濃厚な味付けではなく、肉そのものの味が分かるようにオリーブオイルやマスタードだけでお出しすることが多いです。来店いただいたフランスやイタリアの食の専門家の方たちからも、あまりに臭みがないことに驚いて、水でさらしたのか、湯がいたのかなどと聞いてきますよ。

ヌックスキッチンのエントランスや店の様子

――西村さんは海外生活が12年と長いですよね。いずれ高知に帰ってくる予定だったのですか。

西村:料理の道に入ったのは20代中頃ですが、そもそもは「海外で暮らしたい」という願望があってのことでした。海外で労働ビザを取得できるよう日本で調理師免許を取ってからニュージーランドに渡り、以来12年間生活。それが2008年、足に大やけどをして帰国することになったんです。その頃日本ではちょうどシカの食害問題が言われ始めていました。

 ニュージーランドではシカは広大な牧場で飼育され、肉は高級食材、皮はセーム革、血液は精力剤、角は漢方と、捨てるところがないほど価値があります。それなのに日本ではなぜ害獣扱いされているのだろうと思って試しに食べてみたら、びっくりするほどおいしかった。そこからシカの有効活用に関心を持つようになりました。

 そんな時、たまたま滞在していた祖父母の家のポストにシカ肉商品開発担当者募集のチラシが入り、香美市の「べふ峡温泉」という宿泊施設で働くことになりました。