旅がいいものになるかどうかは自分次第

 「かもめ食堂」の主人公たちもそうでした。だからこそフィンランドというよく知らない国にやってきたのです。もっとも、よくわからない国を旅先に選ぶということには合理的な理由があるように思います。そもそもすべてがよくわかっているなら、旅に出る必要などありません。とりわけ未知の可能性を求めて旅するような場合は、よくわからないほどいいのです。

 日本人にとってフィンランドは、アメリカや中国などに比べると情報も少なく、いかにも未知の国というイメージがあります。だからちょっとしたきっかけで目に留まると、ついつい旅先に選んでしまうのでしょう。

 これはアメリカの思想、プラグマティズムの発想に似ています。プラグマティズムとは、とにかくやってみて、うまくいったらそれが正しいとする思想です。知識をあたかも目的のための道具であるかのように考えたデューイがその完成者だといわれます。

ジョン・デューイ(1859-1952)。アメリカの思想家。道具主義を唱えて、プラグマティズムを完成した。プラグマティズムの実践として、シカゴの小学校に実験学校を作って教育を行ったことでも知られる。

 旅がどうなるかは誰にもわかりません。不安も伴いますが、そこが旅の最大の魅力でもあるわけです。プラグマティズムと一緒で、うまくいけばそれでいい旅になるのです。ちなみにプラグマティズムは、うまくいくように改良を重ねる点がポイントです。したがって、旅もいいものになるように改良を重ね続ければいいのです。実際私たちは、旅がいいものになるように、色んな工夫をしているはずです。

 「かもめ食堂」の主人公たちも、旅をいいものにするために食堂で働き始めたのです。旅がいいものになるかどうかは自分次第。すべては、自分が旅先でどのような行動をとるかにかかっています。一番大事なのは人との交流でしょう。知らない土地で、異なる文化を持った人たちと交流する。そうすることで、新しい自分になれたような気になります。

 あれはきっと自分の中に新しい文化が形成されるからだと思います。日本の哲学者和辻哲郎は、「旅行者の体験における弁証法」ということをいっています。つまり、旅行をすることによって、人は自分の中に新たな文化を形成し、また逆に旅行先で自分の文化を相手に伝えることで、その場所に新たな文化が形成されるということです。

和辻哲郎(1888-1941)。日本の哲学者・倫理学者。間柄という概念を用いて、独自の倫理学を完成した。風土の視点で文化を論じた風土論でも有名。日本文化にも造詣が深く、それらについて論じた随筆も高い評価を得ている。

 「かもめ食堂」では、おにぎりを介して旅行者の体験における弁証法が実現されていたように思います。私も海外を旅するときはいつも、できるだけ日本の文化を相手に伝え、また自分も相手の文化を学ぶように努めています。そうして常にいいように変化していきたいと思っています。

 映画の中でも出てきたように、人はずっと同じではいられないなら、せめていいように変わっていきたいですからね。ぜひこの夏、いい旅をして、よりいい自分に変わってみてはいかがでしょうか?

かもめ食堂
<ストーリー>
人気作家・群ようこの原作を、『バーバー吉野』の荻上直子監督が小林聡美主演により映画化。フィンランドのヘルシンキで「かもめ食堂」を経営する日本人・サチエの前に、ある日ミドリとマサコが現われ、店を手伝い始める。

販売元:バップ

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文/小川仁志