人はみな、助け合って生きていく

 それは、ここには私たちが失ってしまった美徳が描かれているからでしょう。いわば共同体の美徳です。アメリカの政治哲学者マイケル・サンデル教授をご存じでしょうか? 数年前NHKの「ハーバード白熱教室」で一世を風靡したハーバード大学の先生です。

マイケル・サンデル(1953-)。アメリカの政治哲学者。ハーバード大学教授。道徳的議論の必要性を説く。著書に『リベラリズムと正義の限界』、『民主政の不満』等がある。

 サンデルはコミュニタリアニズムと呼ばれる思想を唱えています。コミュニタリアニズムとは、共同体主義とも訳される政治思想で、一言でいうと共同体の美徳を大切にしようとする考えです。もともとアメリカは、個人の自由を重んじる個人主義の国です。特に1970年のはじめに、同じくハーバード大学の教授だったジョン・ロールズが『正義論』を発表して、個人の自由を重んじるリベラリズムの意義を論じました。いわゆる自由主義思想のことです。それに反論したのがサンデルだったのです。

 社会はリベラリズムのいうように、決して個人というバラバラの存在から成り立っているものではない。それがサンデルの主張でした。そしてむしろ共同体の意義を強調したのです。私たちは共同体の中に生き、共同体のメンバーと助け合いながら日々を過ごす存在なのだと。リベラリズムが個人の自由を重視したのに対して、サンデルに代表されるコミュニタリアニズムは、共同体における助け合いの美徳のようなものを重視したわけです。

 「ちびまる子ちゃん」には、そんな共同体の美徳が描かれているように思えてならないのです。舞台となっている1970年代の日本には、まだそうした共同体の美徳が残っていました。学校や地域社会、そして家族の中で、みんなが助け合いながら生きていたのです。実は私自身も、1970年代に小学校生活を送っていたので、この雰囲気はよくわかります。今と違って、もっとみんなで考えることが多かったような気がします。友達同士で、家族で、しょっちゅう会議を開いていました。井戸端会議もよく見かけました。今はめったに見かけませんが。

 私の主宰する「哲学カフェ」にわざわざ多くの人が集まってくるのも、そうした理由からだと思います。市民が世代や立場を超えて、人生の課題や世の中の問題について話し合う。たったそれだけのことなのですが、今はそれが特別なことになってしまっているのです。

 そんな失われた古き良き共同体から、何か大切なものを学ぶべく、私たちは「ちびまる子ちゃん」を見るのではないでしょうか。残念ながら、答えはもうテレビの中にしか存在しないのですから。その意味で、「ちびまる子ちゃん」は、日本国民のための生き方の教科書なのです。

ちびまるこちゃん
<作品紹介>
静岡県清水市(現 静岡県静岡市清水区)を舞台に小学校3年生のまる子と家族や友だちとのほのぼのとした日常を、楽しく、面白く、時に切なく描いた心温まる作品です。

原作:さくらももこ
販売元: ポニーキャニオン

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