未来はこの手で変えられる

 サルトルが挙げているのは、ペーパー・ナイフの例です。ペーパー・ナイフというのは、もともと目的があってつくられている物体であって、一定の用途をもっています。だからこの場合、ペーパー・ナイフの本質は実存に先立っているのです。運命が決まっているといってもいいでしょう。これに対して人間の場合は、最初は何でもない存在なのです。後になってはじめて人間になる。しかも自らつくったところのものになるというわけです。

 キキもアイドルたちも、実存が本質に先立つと考えていたのでしょう。自分たちは予め用途の決まったペーパー・ナイフではないと。だからあがくのです。来る日も来る日も努力し続けるのです。きっと変われると信じて。

 とはいえ、世の中はそう甘くはありません。運命を変えるといっても限界があるのです。たまたま同時代に強力なライバルがいればトップアイドルにはなれませんし、突然魔法の威力が弱まってしまうことだってあるでしょう。そんなときはいったいどうすればいいのか?

 実はサルトルも同じ壁にぶつかりました。彼には戦争体験があります。一時期徴兵され、従軍せざるを得なかったのです。その避けることのできない拘束の中で、結局自由とは与えられた「状況」の中でしかあり得ないものなのだと悟りました。

 だからといってそれは、自分の力だけではどうにもならないことを仕方ないものと受け止めるような消極的な態度とは異なります。そうではなくて、アンガージュマン、つまり積極的に社会にかかわろうとすることによって、運命の壁に挑み続ける態度なのです。現に彼自身、ベトナム反戦運動やアルジェリアの独立闘争に参加するなど、積極的にアンガージュマンを実践してきました。サルトルが21世紀の今も時代への挑戦者としてヒーローであり続けているのは、そうした理由からです。

 AKB48の圏外の少女たちも同じです。もはやトップにはなれないとわかっても、別の何かに挑み続けます。そして自分の輝ける場所を必ず見つけるのです。それはアンガージュマンを実践しているからです。もちろんキキも。魔法の威力は衰えたかもしれないけれど、彼女は自分の輝ける場所を見つけて、ようやく両親に手紙を書きます。「落ち込んだりすることもあるけれど、私は元気です」と。

 きっと自立とはそういう悟りのことをいうのではないでしょうか。なんでもかんでも実現できるわけじゃないけど、少なくとも前向きに挑み続けるという強い意志。それが持てるようになってはじめて、私たちは大人になるのです。キキが私たちに届けてくれた宅急便の中には、そんなメッセージが詰まっていたように思えてなりません。

魔女の宅急便
<ストーリー>
魔女の子は、13歳になると一人前の魔女になるために1年間の修行に出なければなりません。黒猫ジジを連れて父母のもとを旅立ち、海辺の町コリコを修行の場に選んだキキは、親切なパン屋のおかみ・おソノさんのすすめで、唯一使える魔法である、ホウキで空を飛ぶ能力を活かして“お届け屋さん"の仕事を始めます。日々の仕事に励む中で、女子画学生のウルスラや、空を飛ぶことを夢見る少年トンボと友達になり、少しずつ町での生活に慣れていくキキ。しかし、熱を出して仕事を休んだ翌日、キキは自分の空を飛ぶ能力が弱まっていることに気づきます。はたしてキキは“お届け屋さん"の仕事を続け、この町で暮らしていくことが出来るのでしょうか。

監督:宮崎駿
販売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社

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