専業主婦から一転、父の残した町工場の社長になり、数々の危機を乗り越えて会社を成長に導いた功績を認められ、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013」を受賞した諏訪貴子さん。その激動の半生をつづった著書「町工場の娘 主婦から社長になった2代目の10年戦争」(日経BP社)が、このほど、内山理名さん主演のドラマ「マチ工場のオンナ」としてNHKで放送されることになりました(11月24日22時から、NHK総合で放送開始)。
 悩んだとき、迷ったとき、ピンチをチャンスに変えるにはどうすればいいのか。諏訪さんから、働く女性たちへのメッセージを3回にわたり公開していきます。第1回は、社長の座に就いた諏訪さんが男性優位の世界に飛び込んで、どのように突き進んでいったのかの経験をお届けします。

諏訪貴子(すわ・たかこ)

1971年、東京都大田区生まれ。95年成蹊大学工学部卒業後、自動車部品メーカーのユニシアジェックス(現・日立オートモーティブシステムズ)入社。98年父に請われ、ダイヤ精機に入社するが、半年後にリストラに遭う。2000年再び父の会社に入社するが、経営方針を巡って対立し、退社。04年父の急逝に伴い、ダイヤ精機社長に就任、経営再建に着手。経産省・産業構造審議会委員。ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013受賞。

目の前の仕事を一生懸命やっていれば、いつか必ず答えが出る

――ご著書のドラマ化決定おめでとうございます! ご家族や従業員の皆さんも、さぞお喜びだったのではないでしょうか。

諏訪さん(以下、敬称略) ありがとうございます。そうですね。家族や社員はもちろん、講演先で知り合った方々にも「おめでとう」と声を掛けていただいて、うれしい限りです。

――専業主婦から経営者へ、という異色の経歴をお持ちの諏訪さんですが、これまでのキャリアの中で、当然、悩みや葛藤もたくさん経験してこられたことと思います。働く女性の中には、「今の職場でキャリアアップの糸口が見えない」「将来に夢が持てず何となく不安」などと感じている方が少なくないようです。仕事に対する迷いや不安を感じたとき、諏訪さんご自身はどのように乗り越えてこられましたか?

諏訪 今、モヤモヤを抱えて悩んでいる女性には「焦らなくて大丈夫です」とお伝えしたいですね。私自身、20代の頃は、与えられた仕事をこなすだけで精一杯でした。「今やっていることが、いつか何かの役に立つかもしれない」という思いはありましたが、将来の展望を描いたり、夢を抱いたりするところまでは至っていませんでした。

 転機が訪れたのは、32歳のとき。ものづくりの町、東京都大田区でダイヤ精機という社員30人弱の町工場を経営していた父が、肺がんで突然亡くなってしまったんです。父が残した会社を守るため、専業主婦だった私が社長に就任することになりました。それからは、毎日が戦争です。次々と立ちはだかる困難を打開するのに必死で、自分の夢どころではありませんでした。今振り返っても、いつ眠り、いつ起きたのかも覚えていないような怒濤(どとう)の日々でしたね。

 自分の方向性について考えることができるようになったのは、社長に就任して数年後、会社の経営が落ち着いてからのことです。改めて今までの経験を振り返り、「志」を持った経営者になりたい、という夢を抱くようになりました。

 ですから、今、夢が持てないと悩んでいる方も、焦る必要はないと思うんです。若くして既に夢を持っている方はもちろん素晴らしいと思いますが、夢なんて、持とうとして持てるものではないですよ。「夢を持たなきゃ」と自分を追い詰めず、目の前の仕事を一生懸命やっていれば、いつか必ず答えが出るときがやってきます。