会社を辞めずに、漫画の連載をスタートさせた理由

「漫画の仕事1本にしなくてよかったかもしれません」(おかざきさん)
「漫画の仕事1本にしなくてよかったかもしれません」(おかざきさん)

おかざき:私の場合は、上司がお前は漫画を続けろと言ってくれたんです。「自分の裁量で1から10までできる仕事を持っておけ、それは自分のためになるし、会社のためにもなるから」と。当時連載が決まって、さすがにこれはもう両立は無理だから会社を辞めようと言いに行ったら、上司が私の仕事を整理してくれたんです。一人でできる仕事……自分だけの裁量でできる小さいクライアントの仕事ばかりを振り当ててくれた。忙しいけれども、漫画を描く時間はできたんですよ。忙しい会社の仕事でさらに漫画の連載入れるって、狂気の沙汰だと思うんですけれど。実際私はそれで死なずに済んだ。あのとき漫画1本にしていても詰んでいたと思うし。

中川:大きなプロジェクトになると、意見を言う人、裁量を持つ人が一気に多くなりますからね。そういう事態から守ってくれたということですよね。

おかざき:その上司が味方でいてくれたというか……。運は大事ですね。周りに恵まれているのといないのとでは……私はたまたま運が良かった。

――広告代理店のように超激務の世界では、上司によるパワハラや精神的ないじめは発生しやすいものですか?

おかざき:上司も、いじめているつもりはないのかもしれないんですよ。ストレスで電話を投げつけるであるとか、そういう子どもっぽい発言や振る舞いを「少年の心」みたいな認識で許してしまう業界の風土はあるのかもしれない。それが一人の人に集中して向かってしまったときは怖いですね。

中川:上司が人を物扱いする人間かどうか、は一つあると思います。「お前使えねえな、東大出身のくせに」なんてバカにする上司だった場合、あまり失敗してきたことのない人は一線を越えてしまうのかもしれない。

――エリートが多い業界なだけに、胸をえぐるような厳しい言葉が飛び交う場面もあるのでしょうね……。

*第二回に続きます。

第一回 過酷な現場での働き方(この記事)
第二回 忙しい女の恋愛は○○が鍵
第三回 仕事で罵倒されたことありますか?自己肯定感保つ方法
<プロフィール>
おかざき真里
漫画家。広告代理店勤務中に「ぶ~け」(集英社)でデビュー。その後の作品である「サプリ」(祥伝社)では、代理店時代の経験を生かし、恋愛や仕事のはざまで心が揺れ動く女性の心情を緻密に描写。こまやかに計算された構図や、幻想的な雰囲気のあるストーリーに加え、彼女独特の名言に魅了される読者は多い。現在、彼女の新境地ともいえる仏教マンガ「阿・吽」(小学館)、グルメマンガ「かしましめし」(祥伝社)を連載中。

中川淳一郎
WEB編集者。1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「テレビブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に「ウェブはバカと暇人のもの」(光文社)、「電通と博報堂は何をしているのか」(星海社)など多数。

聞き手、文/河崎環 写真/稲垣純也