そんなことを考えていた矢先、ハーバード大学の後輩からメールが届きました。バングラデシュ人の彼は「恵まれない教育環境にある女性の高等教育が進めば、貧困などの問題をもっと解決できる」という思いから、経済的な理由で大学に行けないアジアの発展途上国の女性を対象に、母国でリーダーとなる人材を育成する「アジア女子大学」を作りたいと考えていました。まだアイデア段階でしたが、私にも協力してほしいということでした。

 実は復職後、同じようなオファーをたくさんいただいていました。でも、仕事も忙しく、子育て中の身ですべてに責任を果たすことは難しい。お断りのメールを送ろうと思っていたある日、脳裏をよぎったのが、インドに出張したときのことです。

 ムンバイのホテルの部屋の窓を開けると、眼下にはスラム街が広がっていました。川の中で洗濯をしているお母さんたちを、私はエアコンの利いた部屋から眺めている。なぜ私は今、このホテルにいるのだろう。なぜ彼女らは貧しい生活をしているのだろう。その違いは、〝たまたま運が良かっただけ〟。ならば、今のポジションで私にできることはなんだろう…。そして思ったのです。社会に恩返しするのは今だ、と。

 私は多くの人に支えられてきました。社会貢献は仕事を引退してから、と思っていましたが、今がそのときかもしれない。女性の力になれるのなら手伝いたいと、後輩に返信しました。

 ストラテジストとして仕事をするなかで、日本がアジアの国でありながら、アジアから遠い国であると感じていたことも、私の背中を押しました。アジア女子大学のプロジェクトには、アジアやアメリカ、ヨーロッパの多くの企業や団体が参加していましたが、実は日本からの支援はゼロだったのです。教育を受けられない女性を支援することで、日本が世界をよりよくする一助になれば─。私は大学を支援する財団を立ち上げ、活動資金を募りました。

 アジア女子大学は2008年に設立されました。その名の通り、女性のための大学です。ある分析では、途上国の男女に教育投資をすると、投資リターンは女性のほうが圧倒的に高いという結果が出ています。女性は学んだことを家族のために生かすので、波及効果が大きいというのです。つまり、貧困や戦争などの問題に個別に解決策を考えるより、女性の教育率を上げれば多くの問題が横断的に解決されていく。

 実際、学生はとても優秀で、さらにオックスフォード大学院などで学んだ後、母国に戻って頑張っている卒業生が多くいます。教育投資でひとりの女性の人生が変わると、彼女が所属する地域社会の環境が改善され、コミュニティーが発展する。女性が活躍する場が広がると、世の中への投資リターンが大きくなる。それは、私が提唱してきた「ウーマノミクス」に通じることでした。