「光があるところには影がある」と語るアキン監督
「光があるところには影がある」と語るアキン監督

増田 ドイツに100万人を超える難民が入り、テロが頻発しましたが、難民を受け入れたドイツについて、どうお考えになりますか?

アキン ドイツが100万人の難民を受け入れたのは、悲劇的な結果を招くことを避けるためだったんですよね。何週間も何も与えられず、食べられず、子どもたちや家族と共に立ちつくしていた彼らに対して、何か迅速に行動しなければいけなかったですし、何年も対話をするような時間はなかったんです。言い方を変えれば、キリスト教的な行為だったと思います。メルケルのキリスト教民主同盟(CDU)が16年間第1党だったわけですから。もちろん第二次世界大戦を始めたのはドイツですし、何百万人も殺害した責任も負わなければならない。そういう歴史を踏まえての行動だったのではないでしょうか。私は母国のドイツがそういう行動を取ったことを、とてもよかったと思っています。ただ、この行動によって大きな恐怖心があおられたのも事実です。CDUが第1党ではなくなるという危機にも及びました。でも、そうはならなかった。メルケルは代価を払ったけれども、大多数の人が彼女の選択を支持し、彼女は再選しました。

光りあるところには影がある

増田 2015年に大量の難民がヨーロッパに押し寄せてきた時、私はミュンヘンの駅でドイツの人たちがどのような対応をするのか取材していました。その時、どうしてこれだけ大勢の人が入ってくるのを、たくさんのボランティアが協力し、対応できるんだろうと思いました。その一方で、ネオナチに傾倒するような若者も出てきましたよね。

2015年の欧州難民危機を振り返る増田さん
2015年の欧州難民危機を振り返る増田さん

アキン 光があるところには影があるんですね。メルケルの選択はナイーブな選択だとは思っていません。私たちが住む世界は完璧な場所ではないし、完璧な選択というものもないと思います。難民の受け入れを決めた後、EU-トルコ協定(※1)が結ばれましたが、EUはお金をトルコに渡して、トルコを防波堤にしました。これによって、トルコのリーダーは、独裁主義政治を行うことの青信号だと受け止めて、それを実行しています。トルコがクルド人(※2)に対して戦争を起こすことに、誰も介入しようとしない。さまざまな戦争犯罪が行われているのに、EU-トルコ協定があるから介入しないんですが、それはキリスト教的とは言えないですよね。トルコが独裁政治を敷くことによって起きた紛争が、さらに多くの難民をつくることになるのに……。

※1 EU-トルコ協定
EUとトルコは、ヨーロッパに流入したシリア難民を中心とする大量の移民への対応に関して、トルコがギリシャに不法入国した移民をいったんすべて受け入れ、トルコに留まるシリア難民をEUが「第三国定住」のかたちで受け入れるという協定を結んだ。EUは、トルコ国内のシリア難民支援に60億ユーロ(約7800億円)を支出することなどを約束。多くの難民が最終目的地として目指したドイツにとっては、トルコは移民の防波堤として不可欠な国となった。

※2 クルド人の差別問題
「国を持たない最大の民族」と呼ばれるクルド人は、トルコに1000万人暮らしているといわれているが、クルド語教育や民族衣装を禁止され、弾圧を受けてきた。反発するクルド人勢力もあり、彼らは武装闘争を繰り広げ、トルコや米国からテロ組織に指定されている。イラクでもフセイン政権下で化学兵器によるクルド人の虐殺があり、クルド人は「悲劇の民」とも呼ばれている。

増田 そういった状況の中で、今回の映画を発表することの意義を教えていただけますか?