第3回
「彼女は息子を制限できない」
講演の日は甘いジュースを自分に許す。
濃縮還元されていないストレートのりんごジュース。カロリーが気になるから、普段は控えているが、これからたくさんの人間の前で話すのだという時はごくっと思いきって一杯飲む。
このジュースは一リットルの瓶が二千円もする高級品だが、どこよりも濃く甘酸っぱく、りんごそのものが体にしみこむ素晴らしい美味しさで、定期的に取り寄せて会社の冷蔵庫にも置いている。酒の飲めない三保子の大切な娯楽である。
今日は、保険会社が主宰する「トップセールスレディ育成セミナー」に出席した。いつもの講演をいつもの調子で終えて、主催者との食事会を途中で切り上げてタクシーに乗る。マンション内のスポーツジムに直行し、軽い筋トレの後、サウナでたっぷりと汗を流し、水風呂で肌をきりりと引き締めて、すっぴんのままエレベーターに乗るのがいつものやり方だ。
JRの大崎駅と品川駅のどちらからも歩けるタワーマンションに住んでいる。ジムだけでなく、保育所や内科、スーパーマーケットも併設されている。不動産会社の知り合いから、未入居のまま二年近く経ってしまった部屋を、最低価格で売ってもらい、一年が経った。
もともと井の頭の古いマンションに住んでいた。
息子の卓巳が神奈川県の大学に通うことになったのを機に引っ越した。職場のある吉祥寺、仕事で出向くことの多くなった六本木や汐留、羽田空港、それから卓巳の通学など。バランスよく出やすいこの場所を、思いきって購入した。




