フィリピンの刑務所での活動

沖本さんは今年1月、赤十字国際委員会(ICRC)フィリピン代表部に着任した。沖本さんとは、昨年末、赴任直前に東京でお目にかかっていたが、続いて1月の末、着任したばかりのマニラで再会し、お仕事について伺った。
「刑務所の環境改善に主に取り組んでいます。色々な理由で刑事事件の処理が遅れ、刑務所内が人口過密になっているのは広く知られています」と沖本さん。
この状況を改善するために、まず刑務所を訪問して被拘束者と刑務所関係者と面会し、状況を聞く。そして、刑事手続きをより円滑に進めることで、刑務所の人口を減らすことができるように政府関係者や裁判官に改善を促すのが、ICRCのdelegate(デレゲート)である沖本さんの当地での主な仕事だ。
Delegateは、ICRCの活動の中枢となるスタッフだ。一般的には、紛争国であれば、政府が被拘束者に対して拷問をしていないか、衣食住など必要な環境を提供しているか、一般市民が無差別攻撃をされていないか、など人道的な側面の状況を中立的組織としてモニタリングし、改善を政府に促すのである。紛争地はもちろん、紛争後の緊張下にある国を含む80カ国で活動している。フィリピンはその一つであり、2009年2月から、日本にも事務所を置き活動を開始した。紛争地ではない日本においてICRCの果たす役割は、世界の“人道危機”に対して国際社会を牽引する先進国としての貢献を促すことだ。
やりたい放題の戦争はさせない
ICRCは紛争の原因に関する議論には関与せず、むしろ、紛争の結果、弱者の立場に陥った人々を支援・保護することを第一目的としている。
「ICRCは、“Even wars have limits(戦争とはいえ、やりたい放題は許されない)”をキャッチフレーズの一つに掲げています。法的に拠って立つのは1949年のジュネーブ条約をはじめとした国際人道法と国際人権法で、法の“番人”として、「敵対行為に参加していない者の保護」や「戦闘手段の制限」を紛争当事者に促します。そのため、抑留施設内に拘束されている人々の処遇や、特定の武器の使用や攻撃方法が法に則って行われたかどうか、日々検証しています。公の目にさらされる食料援助や医療の提供のみならず、紛争下にある人間の尊厳を守るためのそうした地道な活動が、いわゆるICRCの“お家芸”で、活動の真骨頂となっています。」
と、沖本さんは言う。
戦争自体を止めることができなくても、戦闘に直接参加していない人々にその被害が及ばないように、命と尊厳を守る義務を、当事国に課すのである。人道法に基づいて、命と尊厳が守られているかどうかを観る。もし違反があれば当事者に対して、(その国の政府のときもあれば、反政府勢力のときもあるが)法を守ってくださいと勧告する。それを可能にするのが、「対話の内容はあくまで非公開」という原則だ。
なぜ協議を非公開にするかというと、メディアなどで情報がオープンにされてしまっては、当事国の政府や武装勢力は考慮する時間も与えられず、勧告の受け入れどころか反対の方向に行ってしまいかねないからである。当事者の信頼を得ることによって、ICRCの当事者への勧告がより受け入れられることにつながる。それが紛争の被害に遭った人々を効果的に保護するためにプラスになる。紛争という高度に政治的・感情的な状況において、紛争の両当事者の支配地域に入って活動をするには、信頼はより一層大事なものである。
「外部に情報を漏らさないことを保証することで、当事者も安心してICRCの活動を認めるのです」とのこと。したがって、被害者へのアクセスを確保するため、守秘義務を貫くのだ。
「こういう人たちと働きたい」とこの道に
沖本さんの専門は、国際法だ。日本で国際基督教大学を卒業後、ロンドン経済政治学院で法学修士(LLM)を取得した後、ケンブリッジ大学で法学博士(PhD)を取得した。
「学生時代にICRCで長い間働いてきた人と出会う機会がありまして、彼らは経験豊富でありながら傲慢さが一切なく、人として一対一で向き合うことができた。こういう人たちと働きたい、と思ったのが、この道に入る動機でした」
ここで、私は国際法の有効性について聞いてみた。国際法は執行権が担保されている法律なのでしょうか、と。
「国際刑事裁判所のように、一部あるものもあります。でも多くは、紛争当事者が「ICRCが言うのならば」とこちらの勧告を受け止めて、実質上の執行になるよう、外交手段で持ち込むのも大事なのです」
イラクやイスラエルで法律顧問として働いてきた

沖本さんはフィリピン赴任前、2008年5月から2009年8月までイラク代表部で法律顧問、2008年12月から2009月1月まではイスラエル・占領地域代表部で法律顧問を務めていた。その前の2007年7月から2008年5月までは、ルワンダ代表部に派遣されていた。
「イラクでは法律顧問として抑留所に捕らわれた人々の処遇、文民への攻撃などを人道法に照らし合わせて、必要があれば紛争当事者に改善を促しました」と、沖本さん。
「ガザ地区では、紛争当事者の軍事行動について、同僚に法律顧問として人道法の観点からアドバイスをしました。2009年のガザ紛争も2006年のレバノン紛争も、人道法適用の見本みたいな状況でした。人口密集地にミサイルを撃ち込んだりすると、攻撃の均衡性(軍事的成果と一般市民の犠牲の比重)を守るのは非常に難しくなります。敵がそこにいるからミサイル攻撃した、という理由も、周囲にいる人々が戦闘に参加している者か否かの区別をしないと、説明が難しくなります。こういうことを、紛争当事者と話し合うのです」



