経済学とは、人の行動を科学的に分析し、理論を作ること
渡辺利夫先生は拓殖大学学長である。2005年4月に現職に就いた。国際協力に関する有識者会議議長でもある。国際協力の世界では神様に近い著名な方であるが、その先生に取材を申し込んだのは、どうしても聞いてみたい質問があったからだ。それは、国際協力における経済学の必要性、経済学を学ぶ大切とは何か、である。
平和構築全盛の昨今、政治学出身者が描く「復興策」には、取ってつけたように「マイクロファイナンス」「市場経済の導入」などと、経済政策に言及した一語だけがさしはさまれていることが多い。恐縮ながらそれで果たしてよいのかと、私は常々問題意識を持ってきた。どんな時代になろうと不易流行の知識を提供してくれる学問が、経済学ではないかと私は考えている。そこで、経済学、特に開発経済学の碩学である先生に教えを請うつもりでインタビューをした。
お目にかかるや、早速、この質問をすると、先生は、3つのことをあげてくださった。
その一。経済学は経済現象に取り組む普遍性がある学問だという点。高い値で物を売り安いものを買う、良い暮らしぶりを手にするために賃金を上げたい、といったような人間の行動の中で捉えやすい。分野や地域による異なりが少ない。
その二。お金で計測化できることができる点。貨幣に換算して考えられ、科学的分析のメスを入れられる。
その三。発展を目指す新興国に経験を助言できる。一と二のことから、先に発展を遂げた国は、自分の過去を整理し、教訓を引き出し、助言を与えられる。低い所得を高い所得へと引き上げてきた経験が米国、日本などにはあり、現在では韓国、台湾などがあり、それらの発展経験をより後発の国々に助言として伝えられる。
「経済学はそれなりにしぶとく生き延びてきました」と、渡辺先生は続けた。経済学の長い歴史は、経済学が現実社会において必要であったという証だ。先生はそのことを指摘しているのだろう。私は、耳を傾け続けた。
以下、先生の解説である。
マクロ経済学では上述の一から三をつかって開発経済学ができる。数量分析を持込んで、実証分析をするための分析領域を発達させた。仮説を立て、それによって事実を分析したり、分析結果が仮説と違うときにはまた、仮説自体を変えてみたり、フィールドと研究室の無制限のフィードバックを重ねてきた。
ミクロ経済学では、政府、消費者、企業など経済主体を制度分析してきた。それぞれの取引行為の合理性などミクロ分析が発達してきた。個人も政府も企業も経済的動機で動く存在と考えられがちであるが、所得最大化だけではない行動がある。リスク最小化という行動もある。では、この事実をどう理論化していくか。取引費用という概念がそこで生まれた。



